道路交通事情の非常に悪いバリ島、近年は改善されて来てはいるものの、場当たり的な道路整備計画にも限界があり相変らずの渋滞地獄、それに悪化の一途の大気汚染が続いている。留まるところを知らない急速な観光開発は現在も続き、一説によると島内のインフラから支え切れる人口規模のおよそ3倍ほどが現在、島内に居住しているらしい。それでも一時期より計画停電、断水は減った感じがするが、有名なゴミ問題は依然として目に余るほどだ。

(この手のトラディショナルなヒンヅーランナアバウトもトラフィックフロー悪化に大きく一役かっている筈だ)そんなバリ島内の道路事情だが、近年ブキット半島内で大分利用者が増えて主要幹線道路候補ナンバーワン確実の期待の星にも係わらず、未だにマイナー道路の位置付けに留まっている異色の裏道ががあるので紹介する。Googleマップで見ると名前は有るが、誰もその名前では呼んではいない。サーファーの間ではバックロードと呼ばれている。

ヌサドゥア地区とパンダワビーチを経てグリーボール・バリクリフ地区に繫がる便利な道だ。真っすぐと直線が続き、まだ田舎の風景が残るエリアを比較的安全にスピードが出せて、気持ちのよいちょっとしたドライブが楽しめしかも毎日非常に空いている。良いことずくめで、知ってれば便利な裏道だが空いているのには訳があるのだ。それでは順を追って見て行こう。ここでは話の便宜上、通称Green・Ballの入口付近からヒルトン・ヌサドゥア(元ホテルニッコー)までの道のりを説明する。

本来ブキット半島内の移動では、半島中央を貫く主要幹線道路のみを使わざるを得なかったのだが、州政府の開発計画の一端として沿岸部外周をグルリと一周結ぶ道路建設計画が持ち上がったのが発端だったらしい。通称グリーンボール入口、真っすぐ進めばそのままバリクリフ・グリーンボールビーチへ続く。個々を左にヘアピンカーブで下り坂を下って行くと道なりに右方向、橋を渡る。道なり右方向、橋を渡り登坂へ。登りきると視界が開けるが黙って真っすぐ。そのまま田舎風景の中をひたすら真っすぐ。所要時間2,3分が過ぎると、(約2km程か)今では有名なシークレットビーチのパンダワビーチへ下る交差点に到達、注意して進入通過だ。大規模開発が進むパンダワビーチは、僅か7,8年前までは寂れた海藻牧場で細々と存続する寒村だったのだが。近い将来に大型モールコンプレックスが完成するでしょう。時折、横切るリアルローカルや、逆走ローカルバイク、爆走過積載殺人ダンプに注意しながらひたすら真っすぐ。以前は隠れた名所だった謎の航空機も今では無残な有様だが、それも通過だ。この辺りは気持ちの良い直線で自動車でもバイクでも70-80km程で走っても快適で爽快だ。 しかし、油断はしてはいけない!緩やかな下り勾配になり、海が見えてきたら要注意。悪いことは言わない!しっかり、前を見ておくように。それと同時に必ず減速しておくことだ! ここはインドネシアだ!何が起きてもおかしくないワンダーランドだ!! 間違えてもこのまま続くとは思ってはいけないのだ。程なく、前方に何かが見えるはずだ、なんだ?と想っていると。なにやら、、初めてなら理解に苦しむ光景が。
ん??? なんだ?うわっとなること請け合いだ!
何の前触れも標識も警告もなんも無しにこうなるのだ。 れっきとした運用中の道路なのだが、、この有様で嘘みたいな本当の状態。しかも照明もなく夜間なら視認はほぼ無理だ。話によると第三世界の公共事業の予算の2-3割は使途不明になり闇に消えていくと言われている。ずさんな計画の成せる業なのか? それとも人の強欲のたまものか??嘘か誠か? この道路も当初に用意された予算が尽きてもう10年近くこのままの状態。うそだろ!今から約半年ほど前になるが乾季の時期、私は毎日利用し通過しているこのセクションでなんとも目を覆うような出来事を目撃した。徐行してこのデコボコ道をバイクで下っているいる時のことだ。唐突に一瞬の間をおいてバイクのエンジン音と悲鳴と酷い衝突音が複数、上から立て続けに連続して聞こえてきたのだ。振り返るか否か、直ぐにすべてを察したのは言うまでもない。グリーンボール方面から快調にそのままバイクで6km程を気持ちよく快適ドライブをしてきて、何の知らずに高速でここに突入したのだ。もちろん素人な若い白人男性6人組。バイクが次から次へ数台ほど宙を舞って!転げ落ちてきた。そのうちの何台かは2人乗りだ。私が完全に振り向いた時には、4人が惰性で転がっている最中だ。その現場を下から見るとこうだ。 社会整備の整った先進国から来た若者からしたら、このような快適な調子の良い運用中の直線道路がなんの前触れもなく、いきなり途切れるなど夢にも思わないのは判るが、しかしここは何でもありの東南アジアだ。5,6人の集団で走行していて誰も気づかないというのは、スキが少しあり過ぎでないか?全員が停止したのは50m程下ったこの写真の辺りだ。幸いにもこの集団はこの辺りが名所とされているパラセイラーで、背中に大きな収納されたセイルを背負い、同時に全員が律儀にヘルメットを着用していた。その為か?不幸中の幸い、だれも大怪我には至らなかったが。背中と頭は保護されてはいるものの、この下り勾配ガレ場にバイクで高速で突入すれば空中に放りだされるはずだ。瞬間は見逃したがさぞかし見ものだったに違いない。。アクセントからすると北部ヨーロッパ出身者達だ。

さすが北欧のジャンプ大国の若者だ。正確な踏切と派手な空中姿勢で全員がK点を越えてきた。惜しくもテレマーク姿勢はとれていなかったようだが。着地点を下から見るとこんな感じだ。(怖すぎる!)
しかもローカルたちが思いつきで周辺の木々を伐採していて、そのやり方がこうだ。まるでベトナム戦争中の仕掛け罠の様に、若木を地面から50-60cmのところで斜めに切ってあり、(バリ島では珍しくもないが)そこら中に鋭い槍が上向きに牙をむいている。何故、こうするのかは不明だが上に倒れこめば致死性で、ブッシュに足を踏み入れるときは注意が必要だ。 更にこの悪路を下るとひどい状態の舗装道路を経て、世界的な5つ星高給リゾート・リッツカールトンバリに到達してこの悪夢は終わる。距離にして300m程の区間だが、以前のバリ島ジンバラン地区タマングリア通り、または有名なパタヤのソイ・チャイヤプーンを軽く上回る、オーバーザトップの悪路だ。私はここ以上の運用中の悪路は知らない、どなたかあれば教えて欲しい。笑その先にある一向に完成しない超大型高級ホテルを過ぎて、それらの高級ホテル宿泊者向けの素晴らしい出来の橋を渡り。 右手に海を見ながら暫く行くと、最後にヒルトン・バリに到着する。慣れれば途中の悪路を入れても20分弱の所要時間か。この道を毎年の乾季の間、約4か月間程か?使用し始めて5,6年が経つが交通量が少ない分、神経を使わず気が楽で疲労度は軽減される。もちろんあのセクションは別だが。バイク慣れしたローカル、地元自家用車も日常的に昼夜限らずに使っているが、タクシー、オジェック等の業務ドライバーは利用しない。よく付近宿泊の個人旅行者があの悪路でスーツケースを曳いて途方に暮れている。近年、あのあたりに増えたヴィラ、BB系を利用する場合は送迎に計画性が必要だ。直前に行うと拒否の憂き目に遭い慌てるのは必至だ。この経路途中で何ヶ所か既存の幹線に繫がることも出来るので、今紹介した区間の一部だけでも利用することも出来る。最初に述べたが、いずれはウルワツ方面までつながる計画らしく、途中経路上の沿線用地はほぼ完売状態とも聞く。静かなバリ島の原風景が残る、ブキット半島最後の楽園と言われている地域だが。一体、いつまでこの状態が保たれるか?例のセクションがつながった瞬間に交通量が激増し、後に大開発が再始動で終了だと言われている。

皮肉にもあの予算切れで放置された悪路がこの地域の命運を握っていると言われているのも、あながち的外れではない気がする。