最近、特に増えてきて目にすることも大分多くなった我が同胞のパタヤ修行僧、巡礼者、出家信者、在住檀家と思しき人達、微笑ましく同時に羨ましい限りだ。それに伴い、関係ブログもかなり増えてきて皆さん、日々有益な情報を精力的に発信されいて非常に興味深く参考にもなり助かっている。

(下は、我が同胞達にもすっかりとお馴染みになった感のあるブッカオタラートの敷地、毎日のあれだけの店舗数の設営撤去の繰り返しだ。その作業に1-2時間は必要だと想われるが、なんと非生産的なことか!)

(先輩ブロガーとして見ても、皆さん非常によく考えておられ、注力されているのが垣間見え、中には鋭く洞察をする諸兄や個人的体験を惜しげもなく、同時に面白おかしく披露する勇気ある諸氏もいて日頃から楽しませて頂いている。)

下はブッカオのとるに足らない日常風景だが、このような一瞬が何故か良く解らないが良いんだよな! 同時に我々を、何時も受け入れてくれる寛容なタイ王国、またそれが持つ自由な気風文化に対し畏敬の念も堪えない。よくタイフリーク、タイ中毒と言われるが、(分かる人には解ってもらえると想うけど、)これって殆ど宗教化の様相を呈していないだろうか? そう、宗教だ、信じる人には内面、実際上の生活ともに多大な影響を及ぼすが、信じていなければ理解することは難しいだろう。

(そうだ、我々は日々修行を重ねて更に上を目指すだけだが、その向こうに待っているのは一体何なのだろうか?)

そして宗教と言えばその実行上の戒律、行動規範、思想概念等のガイドラインがある筈だ。

宗派流派スタイルは違えど、きっと在って然るべき共通するガイドラインだ。形は違えど本質は皆同じで個人または集団としての幸福の追求渇望だ。

最近、数多くのパタヤブログに描かれている数々の面白可笑しい出来事や展開、はたまた自嘲を込めた失敗談など諸兄の修行の様子が多様に描かれている。それを読んでいて、ふと思った。彼らはガイドラインを確立しているのだろうかと。 言い方を変えればサッカーなどと同じルールブックだったり、作戦要領だったり。

(下は今ではサムットプラカーンに行ってしまい、パタヤからは消えてしまった元郷土チームのパタヤユナイテッドの得点シーン)

長年、私には個人で適用しているガイドラインがあるのだが、皆さんはいかがであろう?今回はそれについて考えてみようと想う。他の優れたパタヤブログに掲載されている数多くのドラマ・ストーリー、体験経験談たち、その一部はフィクションまたはノンフィクションだったりと多種多様だが,実体験に基づいているのは疑いを差し挟む余地はないだろう。

その多くはマイナスの出来事だが、笑!一様に示唆に富んでいて、後に我々他者、同じ道を行く修行僧達にとって非常に有益になりうる教訓の宝庫で、修行を円滑に進めていく上での大きなヒントになりうる。そのうちの幾つかは、今この瞬間からでも適用実行できるものだ。

皆さん! 色々とやっているな!というのが素直な実感だ。誤解しないでほしいのだが、私だけ違うところから眺めて涼しい顔をする気は毛頭ない。私も大なり小なり色々とやらかし、経験を重ね個人的各教訓を得て今日に至っているのだ。私だけ無難だったお利口さんを決め込むつもりは更々ない。

さて、実際ガイドラインについて書こうとしても一体何から行けばいいやら?感覚として身に着けているものが多く、すべてを明文化している訳ではない。その都度、意識的あるいは無意識的、且つ連続的に判断しているので何か具体的な事象がなければ中々表層化してこない。今日のところはハッキリと想いつく表層概念だけを挙げてみようと想う。以後随時雑感として書いていこう。

先ず恥ずかしながら最近、(僅か数年前か?)親しい友人の口から聞いてから、再度肝に銘じている基本中の基本なことがある。物事を決めるときに決して主導権を手放してはいけない。相手に分けたり、みすみす渡したりするのはアマチュアだ。頭では分かっていても合議の文化を信奉するある我々には、幼少の頃から繰り返し擦り込まれた相手を立てて擦り合わせる、という概念を身から完全に抜くのは難しい。この友人、違う文化圏出身のタイ在住歴の長いファランT氏、今もナクルアのようしゃな邸宅に住んでいて心身、社会財政的にも健康、且つ独身でおられる。

そのT氏が私に言うのが、先進国出身者のパタヤ修行での避けられない現実、折衝交渉ディールの取り決めにおいて、相手は歴戦のでプロフェッショナル、手を変え品を変えあらゆる角度方法で向こうの要求を通そうとしてくる。だが客はこっちで本来立場もこちらが上の筈で、本質的に有利なのはこちらだ。それを何があっても維持するようにと至極当然のアドバイス頂いた。こっちの要求で通らないならそれまで、他を探すまでだ。どうせ供給は過多なのだから。逆をやってしまってはならないと。

ジャパンプライスと言われ30年程が過ぎている。(最近ではチャイナプライスの前に見る影もないが)交渉が下手で、長く他より不当に高い価格の代表例であったな。金銭条件の交渉は勿論のこと、口頭でも約束担保、先払い契約などもってのほかで、相手の良心、我々の考える慣例などを、この地パタヤで期待するなど正気の沙汰ではなく能天気なお人好し以外の何物でもない。

(未だに根絶されない振り込み詐欺などが、主導権を握られる顕著な例だ!決してそうなってはいけない!)

一時的な信頼は出来ても全面的な信用はしてはいけない。再度、想いだすべきだ彼らがこの地にいることを。我々、個人が特別チャーミングな訳ではないのだ。まあ、先人の教え的な物になるが、これから不定期でこのような雑感を書き綴っていこうかと想う。逆に皆さんにもあるだろうガイドライン、有効なものがあるなら是非ともお教え願いたい。私にも常にそれらが必要なのだ。